デジタルアーカイビングのモデルを考える – 何をアーカイブしているのであろうか?

2024-07-12

杉本 重雄(筑波大学名誉教授)

0. まえがき

筆者は1990年代からデジタルライブラリやメタデータに関する研究に携わってきた。2010年頃からマンガや無形文化財,災害のデジタルアーカイブのためのメタデータに関する研究活動を進めてきた。そうした活動の中で文化庁・国立美術館のメディア芸術データベース(MADB)他の伝統的な文化財とは異なる性質を持つ対象のためのデジタルアーカイブにおけるメタデータについて考える機会を得てきた。そうした場で,「伝統的な(と言っても良いと思える)デジタルアーカイブは,伝統的なアーカイブ機関のコレクションとその所蔵目録のモデルをベースにしてきていると思われるが,デジタルアーカイブ化されるもの,あるいはデジタルアーカイブ化したいものはそうした枠組みからすでにはみ出しているのではないか?現在使われているメタデータのベースになっているデータモデルはそのままで良いのであろうか?」という素朴な疑問を持った。本稿は,そうした素朴な疑問を述べるものである。

ここで述べる素朴な疑問の共通点は「アーカイブしたいのはモノなのか,それともコトなのか?」である。アーカイブ機関が収集できるものは有形物,すなわちモノである。他方,無形文化財やパフォーマンス,災害といったものは無形物でありコトであると言える。誤解を招くかもしれないが,無形文化財や災害を対象とするアーカイブ機関は「収集できないものをアーカイブしている」とも言える。もちろんアーカイブ対象がコトであっても,それを記録したモノやコトに関連したモノを集めることはできる。しかし,その一方で,アーカイブ対象をモノとみるか,あるいはコトとみるかの境目が必ずしも不明確であったり,コトのデジタルアーカイブを作る時にコトをどのようにモデル化すべきかが明確でなかったりといった問題にぶつかることになる。他方,アーカイブ機関は、従来より収集されたモノの背後にあるコトを伝える努力をしてきたと理解している。

本稿では,デジタルアーカイブのためのメタデータの観点から,有形物(モノ)も無形物(コト)もデジタルオブジェクト化し,アーカイブするためのデータモデルを作ろうとした際にぶつかる素朴な疑問を並べてみたい。以下に素朴な疑問をいくつか並べる。

  1. 無形文化財のデジタルアーカイブは何をアーカイブしているのであろうか?
  2. ephemeralな有形物のデジタルアーカイブは何をアーカイブしているのであろうか?
  3. ゲームのデジタルアーカイブは何を収集すればよいのであろうか – 鬼ごっこのような道具なしの遊び,カードゲーム,パッケージ型のビデオゲーム,オンラインゲーム・・・道具,ルール,駆け引き,技能,道具・・・?
  4. パフォーミングアーツやスポーツのデジタルアーカイブは何をアーカイブすればよいのであろうか – パフォーマンス,技能,シナリオ,ルール・・・?
  5. 災害のデジタルアーカイブは何をアーカイブしているのであろうか – 被災物・被災地(建物や街並みなど),人やコミュニティの経験・・・?

以下,デジタルアーカイブやそのメタデータの基本概念や基本モデルについての筆者の理解を先に示し,その後で素朴な疑問を示す。なお,筆者の能力の制約のために,表現や形式は論文的になっているが,本稿は導き出した何らかの結論を述べることを目的とした論文ではなく,デジタルアーカイブのメタデータのベースとなるデータモデルを考える上で生じた素朴な疑問を並べることを目的としている。また,参考文献[13]~[17]の論文や著書(単行書の章)は,ここで述べた素朴な疑問の背景となった研究を述べたものである。

1. はじめに

本稿では,「デジタルアーカイブは何をアーカイブしているのか?」を考える上で,デジタルアーカイブの収集物の組織化の基盤になるメタデータのデータモデルの視点から述べている。メタデータのためのデータモデルは,「記述対象にどのようなもの」があり,「それらはどのように関連しあっているのか」を定義するためのものである。図書館における書誌記述の領域では1990年代の後半にIFLA(International Federation of Library Associations and Organizations)がまとめたFRBR(Functional Requirements for Bibliographic Records)のデータモデルがよく知られている。また,多数のデジタルアーカイブからメタデータを収集,集約するためのEuropeana Data Model (EDM)はRDFをベースにして定義されている。デジタルアーカイブ向けのメタデータのデータモデルは,デジタルアーカイブの組織化の枠組を決めるものということができる。

筆者は,従来のデジタルアーカイブのメタデータは,デジタルアーカイブの所蔵物であるデジタルコンテンツ単位の所蔵目録としてきたと理解している。これは,所蔵物の管理や検索のために,所蔵物単位で作られてきたアーカイブ機関におけるメタデータと同じモデル,あるいは標準規格に基づいて作られてきたためである。他方,Europeanaからも理解できるように,アーカイブ機関のコミュニティではLinked Dataへの取り組みや様々なOntologyの開発が進められてきている。このことは,所蔵物目録指向のメタデータから,意味や(意味的)つながりを指向した記述,いわば内容指向のメタデータへのシフトが求められていることを意味すると考えられる。ネット上ではすべての実体がデジタルオブジェクトとして表現され,互いにつながり得るため,デジタルアーカイブにはこうしたメタデータのシフトに対応することが強く求められると考えられる。

筆者は,無形文化財やメディア芸術分野などの分野におけるデジタルアーカイブ向きのメタデータのためのデータモデルに関する研究を行ってきた。デジタルアーカイブの役割は,いろいろなコンテンツを収集し,蓄積,保存,提供することととらえることができる。これは,有形文化財の場合はとても分かりやすいが,伝統芸能や伝統工芸のような知識や技能といった無形物からなる無形文化財の場合,「収集する」といったところでどのようにモデル化してよいのか戸惑ってしまう。無形文化財以外にも,パフォーミングアーツやスポーツなど動作や表現主体の分野がある。他方,サービスや慣習といったものの場合も,何を収集対象としてとらえればよいのか戸惑ってしまう。現実にある無形文化財やスポーツなどのアーカイブ組織では,対象分野に関連した物体や記録物を収集しており,それをもとにデジタルアーカイブを構築することも行われる。これは有形物を使って無形物を利用者に伝えるためのごく自然な方法と言える。その一方,デジタルアーカイブが置かれるネット環境では,有形物であれ,無形物であれ,デジタルオブジェクトとして表現され,それらをリンク付けることになるので,従来のデジタルアーカイブとは異なる視点からのモデル化が必要になると思える。

こうした理解に基づき,デジタルアーカイブのメタデータのためのデータモデル,デジタルアーカイブのコンテンツの組織化に関する素朴な疑問を書いてみることで,従来のデジタルアーカイブがモノ(有形物)で構成されてきたことと対比しながら,知識や技能,パフォーマンス,サービス,イベントといった様々なコト(無形物)を含めたデジタルアーカイブのためのデータモデルについて考えるきっかけにしたいと考えている。

2. 背景 – デジタルアーカイブとメタデータのデータモデル

筆者は,現在のデジタルアーカイブは1990年代に大規模な図書館やミュージアムを中心に進められた所蔵物の文化的,歴史的資源のデジタル化から広がったと理解している。そこからデジタル化対象の枠が広がって,建物や遺跡といった大きな有形物,戦争や自然災害などの社会的イベント,演劇や舞踊などのパフォーミングアーツ,伝統芸能や伝統工芸などに広がったと理解している。他方で,収集対象もWeb上のいろいろな資源やSNSに広がっていったと理解している。この過程で,図書館,博物館・美術館,文書館のコミュニティはそれぞれの伝統に基づくメタデータ標準をデジタルアーカイブのコンテンツに適用してきた。その一方,電子文書やデジタルイメージからなるコンテンツへの対応,それらの長期保存への対応のために新しいメタデータ標準も作られてきた。この節では,本稿で述べる素朴な疑問の背景であるデジタルアーカイブとそれに関わるメタデータについてデータモデルについて述べる。

2.1 デジタルアーカイブは複製でできたアーカイブ

1990年代からの伝統的なデジタルアーカイブの開発方法やデジタルコンテンツの基本的な性質から,デジタルアーカイブは,ごく大まかには,収集対象物(オリジナルオブジェクト)のデジタル形式の複製物を収集組織化したものであると言える。現在のデジタルアーカイブでは,アーカイブの対象領域も対象物も多様化している。オリジナルオブジェクトには物理的な物体もあれば電磁的な実体もあり,電磁的な実体にはアナログ形式,デジタル形式のものがある。デジタル形式のものはボーンデジタルと呼ばれるものもある。以下本稿では,単純化のために複製方法,アーカイブされたコンテンツの作成方法は言及しないことにする。

図1はデジタルアーカイブの構成を示す筆者流の概念図であり,そこではアーカイブされたオブジェクトをADOと呼んでいる。図2はEDMに示された最も基本的なモデルである[1]。ADO(図1)とEDMの基本モデル(図2)のいずれにもデジタル形式で作られた代替物(digital surrogate)とオリジナルオブジェクトへのリンクが含まれていることが理解できる。

ボーンデジタルオブジェクトのアーカイブの場合,オリジナルオブジェクトそのものをアーカイブすることも考え得るが,長期保存を考慮すると再生環境の変更やマイグレーションなどの変換を伴う複製が行われることを想定しなければならない。そのため,本稿では,ボーンデジタルオブジェクトであっても,図1と2のアーカイブされたオブジェクトが示すように,複製物(すなわち,代替物)とオリジナルオブジェクトを分けてとらえ,それらの間の関係も一緒に保存するモデルを前提とする。

図1 デジタルアーカイブとアーカイブされたデジタルオブジェクトの概念図

図2 EDMの基本モデル(EDM PrimerのFig.4より[1])

2.2 デジタルアーカイビングのプロセスのモデル

デジタルアーカイブは有形,無形のオリジナル実体の複製物を収集することになる。有形物と無形物では収集プロセスが異なる。図3に示すように,有形物の場合はオリジナル実体から直接デジタルオブジェクトを作ることになるが,無形物の場合は,具現化(instantiate)の後,その記録物や関連する有形物からデジタルオブジェクトを作ることになる[13]。たとえば,伝統芸能の舞踊や演奏,伝統工芸の実演は無形物の具現化にあたる。したがってそうした舞踊や演奏,実演の記録画像をデジタル化して収集することが行われる。

図3 有形文化財と無形文化財のデジタルアーカイビングプロセス

2.3 概念的実体と実世界実体とデジタルアーカイブのモデル

祭のような無形文化財のデジタルアーカイブを考えると,祭りそのものやそこで行われる儀式の記録や祭りの中で用いられる道具等をデジタル化し,それを適切に組織化してデジタルアーカイブとすることが多い。また,それらをひとまとまりのビデオプログラムや電子書籍といった形式でインターネット上に公開するといったこともなされる。ここで,祭りそのものと実行された祭を区別して考えてみたい。2.2節のプロセスモデルに基づき,祭りそのものは祖先から受け継がれてきた知識や技能からなる抽象的な概念的実体としてとらえ,それを具現化(instantiate)したものが実際に行われた祭であり,実世界で記録可能な対象物である。祭りを概念的実体と実世界実体としてとらえた概念図を図4に示す。ある年に実行された祭を「その年の祭なるもの」として概念的実体ととらえることができ,他方,実行に用いられた道具や実行の記録は実世界実体である[14]。

概念的実体はそれと結び付けられた何らかの記述(たとえば,実体の名前と説明)によって表すことができる。概念的実体も実世界実体も,何らかの識別のためのスキームを作ることは可能である。概念的実体も実世界実体もデジタルオブジェクト化してデジタルアーカイブに取り込むことができる。概念的実体を体系化,形式化を進めるとオントロジーの議論に結びつくかもしれないが,本稿ではこれ以上議論はしない。

図4 デジタルコンテンツを構成する概念的実体と実世界実体

2.4 書誌情報,デジタル保存を指向したメタデータのデータモデル

筆者は,図書館の目録は所蔵資料の管理から出発したもので,所蔵資料を対象とする記述が基本となっていると理解している。それに対して,1990年代終わりにIFLAによって提案されたFRBRは,対象を具体物としての資料から資料が表す知的内容まで区別してモデル化したという特徴を持つ[2]。図5にFRBRの第1グループを示す。第1グループの実体は,図書などの図書館の所蔵物を表している。なお,第2グループは図書などのグループ1実体の作成や公開等に関わった人や組織,グループ3は当該グループ1の実体に関わる主題や場所などである。図1に示すItemは書籍等の具体物である一方,Workは明らかに抽象物である。ManifestationはItemの集合を表すと理解すれば抽象物である。Expressionは何らかの形で表現されたものではあるが,所蔵物ではなく抽象的な実体と言える。また,保存のためのメタデータ標準であるPREMISのデータモデルでも知的内容やイベントといった抽象的実体を表すクラスを含んでいる(図6参照)[3]。このようにメタデータのデータモデルでは具体物のみならず抽象的な実体を記述対象としてとらえている。

前節に述べたデジタルアーカイブのコンテンツのモデルではアーカイブされたコンテンツとオリジナルの実体を結ぶことが求められる。デジタル化のプロセスを考え,オリジナル実体をデジタル化に直接用いた具体物とすると,オリジナル実体は有形物に限られることになる。たとえば,記録映像フィルムのデジタルアーカイブ化を考えると,記録映像を収めたフィルム(物理的物体),あるいは電磁的な実体としての記録映像(電磁的実体)をオリジナル実体ととらえることはできる。しかしながら,記録映像が表している内容とは言えない。

図5 FRBRの第1グループの実体関係モデル

図6 PREMIS(ver.3)のデータモデル(左)とObjectクラスのサブクラス(右)

2.5 構造的特性に関連するデータモデル

アーカイブされるデジタルコンテンツは複数のイメージファイルや文書ファイルによって構成される構造を持つ実体であることが多い。たとえば,前述のADOは構造を持つデジタルオブジェクトである。METS(Metadata Encoding and Transmission Standard)はそうした特徴を持つコンテンツを格納するデジタルアーカイブ向きのメタデータ標準であり,デジタルコンテンツの内容に加えて複数のファイルやファイル間の繋がりといった構造的な情報を表現するように設計されている[4]。また,デジタル保存のための国際標準として知られるOAIS(Open Archival Information System)は,保存対象(デジタルデータに限定せず,物理的実体も含む)をパッケージ化して委託保存するシステムの参照モデルを定義している[5]。このパッケージは情報パッケージと呼ばれ,保存対象のデジタルオブジェクトとその再生に必要な情報に加え,来歴情報や権利管理情報等,保存過程で作られ,使われる情報からなる。また,保存対象のデジタルオブジェクトの大きさや構造は様々であり,パッケージ化にあたって,一つのパッケージに複数のオリジナルオブジェクトを格納することや,一つのオリジナルオブジェクトを複数のパッケージに分けることもあり得る。

3. 素朴な疑問 – デジタルアーカイブは何をアーカイブしているのか?

繰り返しになるが,そして無形文化財や災害のデジタルアーカイブの場合,それらに関連する物体や記録物のデジタル形式の複製物をアーカイブしているととらえる。たとえば,無形文化財のデジタルアーカイブの場合,伝統芸能や伝統工芸で用いられる道具や実演の記録,災害デジタルアーカイブの場合,災害の遺構や遺物,そしてそれらの記録,証言などをデジタル形式のコンテンツとして収集しているととらえる。これ自体はごく自然なアーカイブ方法であると理解している。その上で,以下に,筆者が感じるいくつかの素朴な疑問をあげたい。

3.1 素朴な疑問 – 有形物(tangible)vs. 無形物(intangible),モノ vs. コト

(1) 無形物のデジタルアーカイブ

書物や絵画,彫刻,同植物標本,建物,遺跡は(物理的な)有形物である。アナログ/デジタルイメージに加えWebページ,電子文書等も(電磁的な)有形物である。他方,イベントやパフォーマンスは無形物(intangible entity)である。アーカイブ機関が収集できるのは有形物,すなわちモノだけである。それをデジタル化して収集するデジタルアーカイブに蓄積されているのもモノをデジタル化して作ったコンテンツである。災害やパフォーマンスといったイベントは無形物であり,コトである。それ以外にサービスや技能といったコトもある。コトの記録物はモノであり,それらを収集することは可能であるが,コトそのものは収集できない。たとえば,映画のフィルムをデジタル化し保存することと,「映画そのもの」をデジタル形式で保存することは同じであろうか?

コトのデジタルアーカイブは「何をアーカイブしている」のであろうか,あるいは「何をアーカイブしていると理解すればよい」のであろうか?

(2) ephemeralな有形物のデジタルアーカイブ

ephemeralなモノ(たとえば,花火)はオリジナル資源を収集できない。花火の場合,花火玉は収集できるが,空中で開く花火そのものは収集できない。収集できるのはその記録物(記録映像)である。この場合,花火はパフォーマンス,あるいはイベントととらえるべきなのか,ephemeralな有形物ととらえるべきなのか?

3.2 いろいろな対象

(1) ゲーム

トランプのようなカードゲームの場合,カードだけをアーカイブしてもあまり意味がないことは直感的に理解できる。たとえば,「ババ抜き」や「ポーカー」といったゲームをアーカイブするのにカードとルールブックをアーカイブすればよいのであろうか?駆け引きといったゲームの核心ともいえる要素のアーカイブはどうすればよいのであろうか?

ビデオゲームの場合でも,ゲーム機用に作られたパッケージ型のゲームコンテンツであれば,そのゲームやパッケージをアーカイブすればよいように思われるが,それでも実際のゲームに必要な遊び方やコツといったものは入ってこない。オンラインで利用するゲームの場合,モノとしてとらえることそのものが難しくなる。これはサービスとしてとらえればよいのであろうか?サービスとしてとらえるのであれば,サービスをどのように記録すべきであろうか?

(2) メディアアート作品 [6]

文化庁・国立美術館によるMADBでは,メディアアート作品を催事としてモデル化している。これは,対話性を持つ作品や環境に強く依存する作品などを,制作した有形物ではなく展示する行為そのものを作品とするというとらえ方である。このこと自体は,筆者にとって「目からうろこ」であった。作品は有形物から成り立っており,それを展示するというイベントを作品の実体としてとらえている。全ての作品がコトとしてとらえ得るモノであろうか?あるいは,モノとしてとらえるべき作品と,コトとしてとらえるべき作品を区別できるのであろうか?

(3) パフォーマンス – パフォーミングアーツ,スポーツ,etc. [7][8]

「Live Performanceはアーカイブできない。アーカイブできるのはLive Performanceの記録である。では,パフォーマンスのアーカイブはどうあるべき?」という素朴な疑問である。スポーツも舞台芸術も多様であるので,それらを一概に述べること自体に問題があるとも思われるが,敢えてまとめて考えることとして,何らかのシナリオやルールの上に,意図を持ってなされるパフォーマンスイベントとしてとらえることはできないか?その場合,災害イベントとの違いは,意図の有無として良いか?

(4) 儀式,祭り,サービス

儀式や祭り,サービスは典型的な無形文化財と言える。無形文化財のアーカイブには,儀式などの映像やそこで用いられる道具といったものを収集しているものが多い[9]。他方,儀式や祭りなどの核はそれらを行うための知識や技能であり,また,実際に執り行われる儀式や祭り,そして提供されるサービスはそうした知識や技能の具現化であるととらえることができる。デジタルアーカイブ化の際に必要になるオリジナルオブジェクトはどのように決めれば良いのであろうか?

(5) 社会的イベント – 災害,事件,事故など

東日本大震災のデジタルアーカイブに代表されるように,災害のデジタルアーカイブには災害の映像を収集したものが多くある[10][11][12]。こうした映像は,ある災害現場にあった物理的な物体を記録したものとみなすことができる。災害そのものをイベントとすると,デジタルアーカイブ化の際に参照することが必要になるオリジナルオブジェクトはどのように決めればよいのであろうか?

(6) Born Virtualなコンテンツ

仮想現実空間の中で見るオブジェクトや,利用者や利用環境に合わせて元データから動的に作り出され,表示されるオブジェクトがある。こうしたオブジェクトはボーンデジタルというよりは,ネット上の空間で作り出されるのでボーンバーチャル(Born Virtual)とでも呼べばよいのであろう。こうしたボーンバーチャルなオブジェクトのアーカイブはどのように考えればよいのであろうか?

4. おわりに

基本的に,私たちが収集し,蓄積,保存,すなわち,アーカイブできるものは有形物である。デジタルアーカイブの場合も同じで,アーカイブできるものはデジタル形式の有形物(デジタルオブジェクト)である。そのため,アーカイビングの過程では無形物の有形物化として,アーカイブ対象である無形物の記録画像や関連する有形物を収集している。早稲田大学の坪内記念演劇博物館で進められるドーナツ・プロジェクト[7]では,アーカイブ対象の中心を,演劇と呼ばれる「形のないもの」ととらえている。ドーナツには真ん中の穴が不可欠である一方,無形物である演劇をアーカイブするには「形あるもの」,すなわち穴の周囲にあるものを収集し,それをドーナツ状に構成することで「形のないもの」を表さざるを得ない。筆者にとって,このネーミングはとても印象的であった。

ドーナツの中心にある無形物を概念的な実体として表現することで伝え,共有することになる。こうして作られる表現物は,そうした概念的実体の代替物ととらえても良いのであろう。他方,ネット上のデジタル空間ではすべての識別可能な実体はつながり得るので,デジタルアーカイブに取り込んだオブジェクトも,こうした概念的実体を表すオブジェクトも同じものになる。これはLinked Dataやオントロジーの視点から見るとごく自然なことであろう。しかしながら,現実的には,ネット上で広く共有するために,概念的実体を同定し,表現することはそれほど容易ではないとも思える。

無形文化財や演劇などの無形物に限らず,ボーンバーチャルなオブジェクトも含め有形物ではあってもアーカイブ対象としての同定が難しいものが多くある。デジタルアーカイブにおいても,所蔵目録とは異なる視点からのメタデータのためのデータモデルが必要とされているように思える。

参考文献 (URLの付いたものは2024年6月10日に最終アクセス)

メタデータのモデルや標準

[1] Isaac, A. (ed.) (2013) Europeana Data Model Primer, https://pro.europeana.eu/files/Europeana_Professional/Share_your_data/Technical_requirements/EDM_Documentation/EDM_Primer_130714.pdf

[2] IFLA. (2009) Functional Requirements for Bibliographic Records https://repository.ifla.org/bitstream/123456789/811/2/ifla-functional-requirements-for-bibliographic-records-frbr.pdf

[3] PREMIS Editorial Committee. (2015) PREMIS Data Dictionary for Preservation Metadata (version 3.0),  https://www.loc.gov/standards/premis/v3/premis-3-0-final.pdf

[4] METS Metadata Encoding & Transmission Standard. https://www.loc.gov/standards/mets/

[5] CCSDS. (2012) Reference Model for an Open Archival Information System (OAIS) Recommended Practice, CCSDS-650.0-M-2, Magenta Book, 2012 https://public.ccsds.org/pubs/650x0m2.pdf

いくつかの分野のデジタルアーカイブ関連

メディアアート

[6] 文化庁・国立美術館のメディア芸術データベース関連
メディア芸術データベース, https://mediaarts-db.artmuseums.go.jp/
メディア芸術データベース・ラボ, https://mediag.bunka.go.jp/madb_lab/
メディア芸術カレントコンテンツ-マンガ・アニメ・ゲーム・メディアアートをもっと知るための情報サイト, https://mediag.bunka.go.jp/

演劇・スポーツ

[7] 早稲田大学演劇博物館ドーナツ・プロジェクト, https://prj-archivemodel.w.waseda.jp/

[8] 特集:スポーツ・デジタルアーカイブ, デジタルアーカイブ学会誌vol.4, no.3, 2020 https://www.jstage.jst.go.jp/browse/jsda/4/3/_contents/-char/ja

無形文化財(Intangible Cultural Heritage)

[9] UNESCO Video & Sound Collection – Intangible Heritage: Arts and Traditions of the World, https://www.unesco.org/archives/multimedia/subject/13/intangible+heritage

災害

[10] ひなぎく-国立国会図書館東日本大震災アーカイブ, https://kn.ndl.go.jp/

[11] みちのく震録伝-東北大学アーカイブプロジェクト, https://www.shinrokuden.irides.tohoku.ac.jp/

[12] Archive Series (東京大学渡邊研究室), https://labo.wtnv.jp/p/blog-page_29.html

著者による論文,著書

[13] Wijesundara, C., Monika, W. & Sugimoto, S. (2017) A Metadata Model to Organize Cultural Heritage Resources in Heterogeneous Information Environments, Proceedings of International Conference on Asia-Pacific Digital Libraries 2017, Springer LNCS 10647

[14] Wijesundara, C., & Sugimoto, S. (2019) Shifting from Item-centric to Content-oriented: A Metadata Framework for Digital Archives in the Cultural and Historical Domains, Proceedings of Asia-Pacific Conference on Library & Information Education and Practice (A-LIEP) 2019

[15] Sugimoto, S. Wijesundata, C, Mihara, T. & Nagamori, M. (2022) A generalized data model for digital archiving in cultural and historical domains, Boosting the Knowledge Economy – Key Contributions from Information Services in Educational, Cultural and Corporate Environments (ed. Calzada-Prado, F.J.), 第8章, Elsevier – Chandos Publishing

[16] Sugimoto, S. Wijesundata, C, Mihara, T. & Fukuda, K. (2022) Modeling cultural entities in diverse domains for digital archives,Information and Knowledge Organization in Digital Humanities (eds. Golub, K. & Liu, Y.H.) 第2章, Routledge, https://doi.org/10.4324/9781003131816 (Open Access) 

[17] Sugimoto, S., Wijesundara, C. (2024) Data Modeling for Digital Archiving of Intangible and Experiential Entities, Intelligent Computing for Cultural Heritage Global Achievements and China’s Innovations (eds. Wang, X.G., Zeng, M.L. Gao, J. & Zhao, K.) 第2章, Routledge (in press)