能登半島地震をめぐる情報の混乱〜ファクトチェックとデジタルアーカイブ〜

2024-03-22

宮本 聖二(立教大学大学院 / 日本ファクトチェックセンター)

2024年1月1日に発生した能登半島地震をめぐるメディア空間に拡散した「情報」に焦点を当て、どのような問題が起きていたのかを報告します。

また、デジタルアーカイブの視点から発災から4週間でどのような情報や言説が生成され共有されたのかを整理します。

筆者は、2023年3月から日本ファクトチェックセンター(以下JFC)副編集長として日々あらわれる誤情報、偽情報を探った上で検証を行い、誤りなのか、不正確なのか、ミスリードなのか判定して記事を書き、配信しています。2023年は、新型コロナウイルスやワクチンなどの医療、健康情報、福島第一原発の処理水、ロシアのウクライナ侵攻、ハマス・イスラエルの武力衝突などのほか、関東大震災では朝鮮人の虐殺はなかったと言った歴史修正主義的言説をめぐるファクトチェックにも取り組んできました。

日本ファクトチェックセンターウェブサイト

地震のたびに拡散する人工地震説

能登半島地震の発災後すぐに様々な情報がネット上に溢れてきました。しかもその中には数多くのデマと思われる情報があり、1日夕方から拡散し始めたデマを探して検証を開始しました。

まず、すぐに立ち現れたのは今回の地震が人工的に起こされたものだというものです。この人工地震説、もしくは「地震は兵器によって起こされる」と言う言説は、近年地震があるたびに大量に出てきます。こうした言説を生成するアカウントは、地震と何らかの出来事を繋ぎ合わせて、「だから人工地震なんだ」というテキストに画像や動画をつけて発信します。

今回も、2021年にアメリカ・フロリダ沖で米海軍が実施した海中で爆発を起こして航空母艦の耐久性を計測実験する映像を持ち出して、爆発物を海中や地中で炸裂させて地震を起こしたという偽情報が作り出して、それを多くの人が拡散をしました(「能登半島地震と偽る過去の津波映像や人工地震説など」の言説は誤り)。

2021年の空母の耐久試験の映像を地震を起こした爆発だとする投稿。96万のインプレッション(表示回数)となった。

石川県のテレビ局「北陸放送」が、前日の大晦日に「能登町の変電所で爆発音が三回して、近隣の住宅が停電した」というニュースを配信、その後そのニュースを削除しました。

その削除した事実を取り上げて、変電所を舞台に人工地震が仕込まれて、さらにテレビ局はその陰謀を隠すために一旦配信した記事を削除したのだという言説がXで拡散しました。

事実、テレビ局は変電所での爆発音と停電についての記事を配信し、数時間後に削除していました。しかし、テレビ局と変電所を管理する北陸電力に取材したところ、北陸電力は確かに停電はあったが、それは倒木などによるものだと答え、テレビ局はその経緯を北陸電力が発表したことを受けて、消防へ住民からの爆発音があった旨の通報があったので記事を配信したが、削除したというものでした。

様々なアカウントが関係のない出来事を地震に繋ぎ合わせて、人工地震だという言説を生み出したのです(能登半島地震前日の“変電所で爆発音”の記事削除は「人工地震工作の隠蔽」は誤り)。

ニュースが削除されたのは人工地震を隠すための陰謀だとする投稿。62万を超える表示回数となっている。

過去の津波映像 背景はXの仕様変更か

今回は津波警報と大津波警報が出ました。こういう場合、必ず大きな津波があったという言説がすぐに出てきます。確かに実際にその後津波が起きて被害をもたらしたことがわかりましたが、その事実が伝わる以前に地震後すぐに出てきたのは、東日本大震災の大津波の映像を添付して、今回の津波だとする言説です。

しかも厄介なことに海外のアカウント、しかもかなりの数のアカウントが同様の投稿をして拡散したのです。映像につけられたテキストやハッシュタグも同じでした。

東日本大震災の宮古港を襲う津波の映像が石川県の地震として投稿された。数多くのアカウントが同じ文面を使っている。

これは、X(Twitter)がインプレッション(表示数)によって支払いが発生する仕組みを実装したことによると考えられます。

救助と寄付を呼びかける投稿

さらに発災後に顕著に出てきたのは救助の要請です。「助けてください 挟まれて逃げられません 消防にも連絡がつきません」という投稿などがありました。これらの投稿には「#SOS」がつけられています。このような投稿があると、見た人が善意で拡散したり、現地の警察や消防に連絡したりしてしまいます。本当に緊急性の高いものか偽なのか、混乱を引き起こし緊急性の高い事態を埋もれさせかねません。

なお、上記に挙げた「助けてください…」の発信者(同じアカウント)は、「無事救出されました。今後のための資金を寄付していただけると幸いです」とも投稿していて、その後削除していることから、いずれもフェイクであったと考えられます(災害時に広がる偽情報5つの類型 地震や津波のデマはどう拡散するのか)。

外国人が暴動を起こす、井戸に毒

能登半島地震では一時は2万人を超える人が避難したこともあり、被害の大きかった住宅地域で人が少なくなったことで空き巣などが実際にありました。その一方で、「全国から外国人の盗賊団が大集結中(中略)、何でも奪っていく」「ナイフを持った外国人窃盗団が」などという投稿が数多くシェアされました。これは根拠がなく警察庁が注意を呼びかけました。

こうした言説も、被災した人々に余計な不安を与えることになりますし、救難、復旧に割くべき労力を分散させてしまいます。

100年前の関東大震災でも同様に、朝鮮人が暴動を起こす、井戸に毒を入れるといったデマが、SNSなどがなくても拡散して、千人以上の朝鮮人、中国人、社会主義者・労働運動家などが警察や住民が組織した自警団に虐殺されました(関東大震災をめぐる「朝鮮人が暴動を起こした」「虐殺はなかった」などの言説を検証)。

元々私たちの社会に根深く在る「ゼノフォビア・外国人嫌悪」や差別意識が、震災をきっかけに顕在化、増幅すると言えます。

批判から生まれる誤情報

大規模災害が起きると対応にあたる国や自治体などが批判されることがあります。その中に、誤った根拠での発言がたびたびあります。それが政治家やインフルエンサーの発言だと一気に拡散します。

石川県が金沢市内のスポーツ施設に1.5次避難所が設置すると発表すると「金沢市が設置した1.5次避難所、罹災証明がないと入れない、お役所仕事」というインフルエンサーの投稿が130万回をこえるインプレッションとなりました。

しかし、この1.5次避難所は金沢市でなく、石川県による設置で、罹災証明は必要ないもので、県のウェブサイトでも明記されていました。

罹災証明は、建物の損壊の程度の評価を自治体が行うものであり、この言説は複数の誤った情報を含んでいました(「金沢市が用意した1.5次避難所 入るのに罹災証明書が必要」は誤り)。

また、岸田首相が旅館やホテルを二次避難所として被災者に利用してもらうことを発表したところ、タレントのラサール石井が「被災者にそんな金あるか。だったらあんたが金を出して、旅館やホテルを借り上げて避難民を移動させろ」と公式アカウントで投稿し、多くの人がシェアしたことで拡散しました。岸田首相や馳石川県知事が記者会見ですぐに無料であることを再度強調してこの言説を否定しました。

いずれにしても、拡散したのは、インフルエンサーの発言であることと国民の中にある災害の全体像がなかなか把握できないことへの潜在的な苛立ちなどが背景になったと考えられます。

なぜデマを発信するのか

苦しんでいる被災地があり被災者がいるにもかかわらず、なぜそのような情報を広めようとするのでしょうか。

今回の4週間にわたる能登半島地震をめぐる誤情報 / 偽情報を収集し、分析すると、どのような動機や仕組みがあって、生成(テキストを書き、画像や動画、ハッシュタグをつける)し、拡散(リポスト、引用リポスト)するのかが見えてきます。

意図を持った人たちによるもの

  1. 災害を機会として捉えて詐欺的行為で利益を得ようというもの。
  2. 普段からの思考や思想を災害に絡めて広めようと言うもの:外国人差別やトランスフォビアなど。

誤っていることに気づかないまま善意や批判によるもの

  1. 政府や政権与党に批判的な人が、震災をきっかけにその批判の度合いを高めてしまい、誤りを含む情報を広める。
  2. できるだけ早く伝えて、多くの人に緊急事態を知ってもらいたい、という善意に基づくもの。

陰謀論を拡散する人々

  1. 一見とんでもないように見える情報でも、つい信じてしまいまだ「誰も気づいていないのだから、自分がこの事実を伝えなくてはならない」という動機のほか、この世界には闇の勢力がいて、災害やパンデミックを起こし、危険な食材で人口を減らそうとしているのだという信念を抱いて発信する人も一定程度おり、こうしたアカウントが拡散している。
    人工地震説や、輪島市から白山市に集団で避難した中学生が、「実は人身売買に絡んで誘拐されるのだ」など。

愉快犯

  1. どんなに被災地が大変だとしても、それをネタにして自分の投稿を広めたい、びっくりさせたいと言う動機によるもの。
    東日本大震災の津波映像を使ったり、爆発の映像を利用したりする情報や言説もこうした動機が背景にあると考えられる。
    今回ではないものの、2016年の熊本地震では、熊本の動物園から「ライオンが逃げた」と言う投稿が拡散して、避難できずに自宅に止まった人がいたり、動物園や消防、警察が確認に追われた。犯人は横浜市の20歳の男性。警察の取り調べに「見た人を驚かせたかった」「リツイートの数が増えるのが嬉しかった」と答えている。これは、筆者が現地で調査にあたっている(「フェイクニュース」への備え~デマや不確かな情報に惑わされないために~)。

当事者の不安から

  1. 「二次避難でいまいるところ(珠洲市)を離れると仮設住宅の抽選にもれる」という言説が被災者の中で拡散したが、珠洲市は抽選することはないと言明していた。
    拡散したのは1月25日、ようやく最初の仮設住宅が完成しようという時で、特に被災地を離れている人はいつ避難所から仮設住宅に移れるのか、仮設の入居がどのように進むのかなど、不安からのつぶやきが広がったと考えられる。このことから、被災した人々にできるだけ決まった情報を早く平等に届ける仕組みが求められる。珠洲市では、情報を一斉に届けるLINEアカウントを入れるよう呼びかけている。(「二次避難すると仮設住宅の抽選から漏れる」は誤り

デジタルアーカイブと地震をめぐる誤情報 / 偽情報

デマと検証をアーカイブする

JFCでは、今回の震災をめぐる数多くのデマや偽情報を検証、記事にして、それら記事をアーカイブしています。

このアーカイブには意味が二つあると考えています。まず、記事そのものをアーカイブすることと、デマ言説そのものもアーカイブツールを使って保存して、記事内リンクでいつでも確認できるようにすることです。

今回のような災害時にどのような情報や言説が出てくるのか、時間経過による災害フェーズ(発災、救難、避難、復旧、復興)でそうした情報の内容や種類がどう変容するのかを記録すること、そしてこれら記事を誰もが容易に検索して、参照できるデジタルアーカイブにしようと考えています。記事を読むとその中には各種のデマ情報をツール(Googleのウェイバックマシンなど)を使ってアーカイブしてあり、確認できるようにしています。そして、その記事は災害時の誤情報・偽情報のデータベースとなります。例えば、「能登半島地震」「ファクトチェック」でGoogle検索してください。これらの記事が検索ランキングのトップに並ぶようになっています。

政府が立ち上げたウェブサイトに、災害時の偽情報の確認のためJFCのサイトを参照するようリンクがつけられました。(「首相官邸 能登半島地震 被災者支援情報」)

事実の検証に欠かせないデジタルアーカイブ

JFC自体が、ファクトチェックの過程で検証の根拠にするのは、実際の取材に加えて一次情報のデジタルアーカイブです。

国や自治体は、政策や人々に知らせたい情報、公文書、議会録、議事録をデジタルアーカイブにしています。それらは、信頼できる一次情報です。研究機関のデータや論文なども信頼度は揺らぎません。

そうしたデジタルアーカイブを参照して検証して、記事内には必ずそのリンクを入れています。記事を読む人が同じようにその検証を辿れるようにするためです。

社会に悪影響や分断をもたらす誤情報 / 偽情報を検証するにあたっては、まずはその言説そのものをアーカイブし、検証にあたっては一次情報(取材とデジタルアーカイブ)を参照してそれを記録(アーカイブ)、そして公開する記事そのものをデジタルアーカイブしています。この文章にも各種リンクを貼っています。ぜひ参照しながらお読みください。

今回の能登半島地震の誤情報 / 偽情報の拡散はまだ続くことでしょう。ただ、そうした情報とその検証をアーカイブすることは、情報を流通させているプラットフォーム事業者がどのようにこうした汚染とも言える情報をなくしていくのか、後ろに退かせるのか、さらにアルゴリズムやAIの改良をはかる上で役立つと考えます。

現在、プラットフォーム事業者に対しては、収益の独占も含めて情報空間の混乱を招いているとの批判が高まっており、対応は待ったなしでしょう。

情報に向き合うためのリテラシー

ユーザー側のリテラシーの向上も重要だと考えます。とんでもない陰謀論を信じるという人が一定程度いることがわかっています。リテラシーを高めるための素材にもなりうると考えています。JFCでは、リテラシーの教材を作成してアーカイブして公開しています(JFCリテラシー講座)。

これからに備えるために

南海トラフを震源とする大地震、首都近辺の直下地震も切迫しています。台風や洪水、土砂災害は毎年のように日本列島を襲います。

防災・減災の視点から情報空間の健全化は欠かせません。そのためにどのような情報が今回蔓延したのか、それはどこが間違っているのか、誰が生成し何が原因で拡散したのかを記録し、誰もが参照・利用できるためのデジタルアーカイブの営みはますます重要になると考えます。